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これから死ぬ人に会いに行く

雑談
危篤という言葉を最初に覚えたのはいつだったか。たぶん小学生ぐらいだと思う。なんのアニメか絵本か知らんけど、電報で「ハハキトク、スグカエレ」みたいな。これって初出はなんなんだろう?よくわかんないけど、幼いながら電報イコール危篤というのはそのとき覚えた。

しかし、それ以来危篤という言葉は物語の世界でしか僕は触れることはなくて、齢30になって突然初めて使う機会が訪れたのだった。僕の祖母が、危篤なのだ。

祖母に会いに仙台に向かっている。誰もが今回会うので最期になると言っていた。最後ではなく最期。これまた知っていてもなかなか日常で使わない言葉シリーズ。

この歳にもなって、僕は親しい人が亡くなったことがない。だからみんなが最期だと言いつつ、僕は正直なところよくわからない。僕は親の実家が両方とも県外でなかなか遠いため、会うのは数年に一度なので、実際亡くなったところで僕の生活が何か変わるかと言えば変わらない。数年に一度会ってた人が、これから死ぬまで数十年会わなくなるだけだ。それはどういうことなのだろうか?よくわからない。とても混乱している。これは寂しいという感情なのだろうか?

ばあちゃんは、この世の中のほとんどのばあちゃんはそういうものかもしれないが、とても僕に優しかった。そして甘やかしてくれた。遊びに行くとお小遣いをくれた。僕はいつも遊びに行ったら、いつお小遣いをくれるのか待ちわびていたひどい少年だった。そして僕の好きなうなぎをいつも食べさせてくれた。なぜか甘いものか好きではないのにクリームソーダは好きだった。僕はあのメロンソーダという液体が美味しいとは思えないのだけれど、クリームソーダにした途端美味しくなるのがなぜなのか、今でもずっと不思議だ。僕が子供の頃顔が大きいことを気にしていたら、顔が大きいほうが遠くからよく見えて良い、だからあなたは舞台役者とかに向いているだろうと褒められた。少年の頃はそれもそうかと納得していたが、大人になってから舞台役者は別に顔が大きくないことに気付いた。顔が大きくて得をすることは、おそらくほとんどない。ばあちゃんは母にとてもよく似ていた。何度か少年の頃ばあちゃんのヌードを見たことがあるが、母とそっくりだ。母はその裸体に向かって最近太りすぎだと嘆いていたが、僕はばあちゃん以外のばあちゃんのヌードを知らないので、ばあちゃんとはそういう体型のものだと思っていた。その日から20年経って、ますます母はあの頃のばあちゃんによく似てきていると思う。

ばあちゃんがどんな風に生きてきたか、あまりよく知らない。生まれは大正15年だ。大正って、はいからさんが通るとかそんな時代だ。もうちょっとがんばれば坂本龍馬にも会えたのではないか?知らんけど。なぜ仙台に住んでいるのかというと、戦争で樺太に住んで敗戦して日本に帰ってきて、そこから仙台に住んだらしい。樺太とか、歴史の授業以外でそのとき初めて聞いた。暮らしはとても大変だったらしい。知らんけど。

mixiを見返したら、ばあちゃんが寝たきりになった当時の日記があった。7年前だった。随分と前でびっくりした。ボケてしまって7年間僕が誰か分からない生活を続けていた。最近はずっと寝たきりだったので、もう本当に最期だろう。

あと数時間後にばあちゃんに会っても、ばあちゃんは僕のことは分からない。僕は何をしに会いに行くのだろう?よくわからない。会ってもきっと話すことはない。もし伝えられる言葉があったら?ありがとう、ではないな。なんだろう。


なんでこんな夜中にこんな数ヶ月ぶりにひっそりとこのブログに書いているかといえば、もうすぐ僕のばあちゃんは過去の存在になってしまうからだ。だから、現在のうちに、書いておきたかった。
もう遅いんだけど。どうしようもないんだけど。
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